『新しい歴史教科書』に見られるバイアス 

 さすがに「万世一系」とは言えなかったようですが、天皇中心の日本歴史であるという点が『新しい歴史教科書』の最大の特色です。随所に1〜2ページのコラムを挿入するという体裁をとっており、これはこれで興味深い試みであると思いますが、問題はその内容です。このコラムに著者たちの本来の主張が(本文よりも)はっきりと現れているので、コラムだけ拾い読みしても、この教科書が何をめざしているのかが分かります。

 以下、「天皇(制)の美化」「ユニーク性の強調」「渡来人の果たした役割を正しく理解しない」「朝鮮半島の文化の影響を無視・軽視」を示す部分を、この教科書から拾い出してみます。

 

A. 天皇(制)の美化

 最初から2番目のコラムが「神武天皇の東征伝承」であり、最後のコラムが「昭和天皇──国民とともに歩まれた生涯」で、天皇重視の姿勢は至るところに見られます。いちいち例を挙げるまでもないのですが、「源頼朝と足利義満──天皇と武家の関係」(pp. 108-109)というコラムがおもしろいので、引用してみましょう。

 

 

 あまりに露骨なのでコメントする気にもなりません。「急な病気にかかって、むなしく世を去」ったのは天罰だ、「その後、代々の将軍から義満の(ようなバカな)まねをしようとする者はあらわれなかった」と書けば、よりいっそう趣旨が明解に伝わると思うのですが ...

 

B. ユニーク性の強調

 著者たちの「ユニーク信仰」は、ただちに「日本人優秀論」に結びつきます。

 

 

 最後の引用は、「後書き」である「歴史を学んで」の冒頭部分です。この「後書き」は著者たちの、国を憂うる心情が現れていて、興味深いのですが、ここでは残念ながら触れられません(長くなるので)。

 

C. 渡来人の果たした役割を正しく理解しない(<縄文人自然進化説>)

 

 

 最後の引用はそれほど問題はないのではないか、と考える人もいると思いますが、「帰化人」という概念と「渡来人」という概念を──おそらく意図的に──混同していることが問題なのです。「渡来人をすべて帰化人と思いたい」という著者たちの願いが、ここに反映しています。

 この一節を読めば、大和朝廷はまるで土着の権力であるかのようですが、読者にそのように思わせようとするのが著者たちの意図です。『日本人の骨とルーツ』(「二重構造モデル」)にもありましたように、大和朝廷は渡来人(=弥生人)たちのつくった国家(あるいは少なくとも「渡来人たちが中心となってつくった国家」)であるということは確実ですから、それをなんとか隠したいのです。

 

D. 朝鮮半島の文化の影響を無視・軽視

 前節の引用で、朝鮮半島の文化にまったく独自性というものが認められていないことに気がつかれたでしょうか。「仲介者・伝達者としての朝鮮半島」ですね。これに関連して、「日本語の起源と神話の発生」という、この教科書の一番最初のコラムを読んでみましょう。日本語の起源を説明した部分です。

 

 (日本語の)起源は謎だが、基礎的な単語の音や用法が日本語に類似している例として、学者たちはビルマ系、カンボジア系、インドネシア系、オーストロネシア(マレー・ポリネシア語族など)系の言語をあげており、インド南部のタミル語との近似性を指摘する学者もいる。(pp. 30-31)

 

 日本語の起源が解明されていないというのは事実ですが、「日本語に類似している言語」として、当然挙げなくてはならないはずの「韓国語」(朝鮮語)が、ここには見あたりません。日本語のルーツをさぐろうとすれば、普通真っ先に検討の対象になるのが韓国語ですから、著者たちは、よほど言語学方面には不案内なのか、それとも意図的に落としたか、いずれかであるということになります。

 

 

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