沿革 History of our department

沿革

1974年4月1日に初代宮坂松衛教授と共に小田晋助教授(現筑波大学名誉教授)、大森健一講師(前・獨協学園理事長・獨協医科大学学長、現・滝澤病院理事長)、中野隆史助手(前助教授、現獨協大学教授)、東本務助手(故人)、の5人のスタッフにより、教室作りが始まった。2ヶ月程遅れて大高忠講師(故人)も加わり、同年7月の病院開院当初は総勢6名でのスタートであった。

この当時のスタッフは、東京医科歯科大学の神経精神医学教室で島崎敏樹、島薗安雄教授の門下生として共に学び、共に遊んだ気心の知れた仲間と言うことで、その教室の『和』は学内随一と言われた。開校以来30年を経た現在まで、その『和』の心は脈々と受け継がれ、教室員の結束を支えている。

1974年7月の病院開院に合わせて診療が開始された。外来は現在と同じ場所で、又、入院病床は4階西病棟の中の2床から始まった。1975年には、現在の精神科病棟がある6階北病棟に15床を確保、1976年には30床、1979年には36床、1982年からは40床と漸次増床し、現在は42床となっている。

病床数の増加に伴いスタッフの補強も行われ、1975年には森克己研修医(現・森クリニック院長)が加わり、1977年には高江洲義英助手(現・沖縄いずみ病院院長)、1977年には入江茂研修医(現・入江クリニック院長)が着任した。そして、1979年に待望の本学卒業第一期生、黒田仁一研修医(現・県立岡本台病院副院長)・斉藤治研修医(現・県立がんセンター心療内科)が入局し、以後順次卒業生が入局するにつれて教室も成長していった。

診療面では、時代を反映してか患者件数は増加の一途をたどり、従来の精神疾患のみの増加に止まらず、他科と連携したリエゾン精神医学の患者件数も右肩上がりに増加していった。1990年には栃木県初の指定機関として「老人性痴呆疾患センター」(現・認知症疾患医療センター)が当院に併設された。

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1996年4月大森健一先生が二代目教授に就任し、中野隆史助教授、東本務講師、仲谷誠講師、斉藤治講師を中心に新体制で医局は運営された。教育面でも大学生の臨床実習や研修医の研修プログラムを重視し、精神障害の診断、治療、社会復帰、健康保持に至るまで自律的、主導的役割を遂行できるよう指導するとともに、人としての関わりを重んじた医療教育に取り組んできた。

2000年4月大森健一教授が本学学長、獨協学園理事長への就任に伴い、中野隆史助教授が教授代行として医局の運営にあたられた。2001年2月には三代目教授として岡山大学神経精神医学教室より秋山一文教授が着任した。

2003年1月には滋賀医科大学精神医学講座より下田和孝助教授が着任した。

2007年4月に新設された精神生物学講座へ秋山一文教授が異動、後任として2007年5月、下田和孝教授が四代目主任教授として着任した。

2008年10月 尾関祐二先生が国立精神神経センターより准教授として着任した。臨床、教育、研究に若いスタッフとともに絶え間ない活動を続けている。

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