獨協医科大学 呼吸器外科

獨協医科大学 呼吸器外科 | 教授挨拶

教室のあゆみ

施設の概要

獨協医科大学は1970年代の人口増加や国民皆保険制度導入による医師数減少や不十分だった僻地医療の改善をはかることを目的とした当時の医療政策により増設された医科大学のひとつで、1973年(昭和48年)栃木県中南部に位置する壬生町に開校しました。その母体は古く、1881年(明治14年)に先進ドイツの文化・教育を取り入れる目的で設立された獨逸学協会であり、学校としては1883年(明治16年)に設立された獨逸学協会学校が前身となります。本学は獨協学園創立88年を記念して設立されましたが、「学問を通じての人間形成(文部大臣も歴任された獨協大学初代学長・天野貞祐先生)」の理念のもと、これまで多くの卒業生を輩出してきました。

付属病院は1974年(昭和49年)に病床数850で開院し,現在は25科,1167床を有する特定機能病院として、栃木県はじめ近隣地域医療の中核を担うべく多大なる期待を寄せられています。また,教育においては良質な医療人の育成を目指し,研究においても最新知見を国内外に発信すべく各科日々研鑽しております。

施設の理念・基本方針

当院の理念・基本方針は以下のとおりです。

獨協医科大学病院の理念

  1. 高度で良質な医療の提供
  2. 医療倫理の徹底
  3. 医療進歩への貢献
  4. 良質な医療人の育成
  5. 連携医療の構築

獨協医科大学病院の基本方針

  1. 生命の尊厳と権利の尊重
  2. 高度で先進的な医療の追求
  3. 先端医療の開拓と真理の追求
  4. チーム医療の推進
  5. 地域医療の確立
  6. 地域の健康と予防医学の達成

教室の歴史・理念

当教室は胸部外科教室として1973年(昭和48年)大学開校と同時に創設され、翌1974年(昭和49年)付属病院開院の年から初代堀江昌平教授が赴任されました(1974-1991)。その後二代目嶋田晃一郎教授(1991-2001)、三代目三好新一郎教授(2001-2009 現岡山大学大学院医歯薬学総合研究科呼吸器・乳腺内分泌外科教授)、四代目教授千田雅之(2010-)に引き継がれ現在に至っております。初代堀江教授が千葉大学時代に行った硬性気管支鏡診断法の開発は世界的業績として知られ、教室でも国内に先駆けて全身麻酔下気管支鏡診断など多くの研究がなされていました。同門であった嶋田教授はこれまでの肺癌診断に加え、ご自身の研究課題として取り組まれていた肺移植を実現すべく手術室、ICUの整備などにも尽力されました。また当時呼吸器外科のみであった胸部外科教室に心臓血管外科チームを結成されました。三代目の三好教授は大阪大学時代に日本で1例目の脳死肺移植を実現されたのち本学に赴任されました。

赴任後は関東地方における脳死肺移植実施施設の必要性を強く訴えられ全国8施設(当時。現在は9施設)のうちの一施設となる施設認定実現に尽力されました。そして肺移植においては経験の浅い教室員の教育にも心を砕き2009年(平成21年)1月関東初の脳死肺移植を実現するに至りました。また、一つの胸部外科として行動していた呼吸器外科と心臓血管外科の効率化をはかるべく分科にも取り組まれました。その後、現教授千田となった2010年(平成22年)4月1日に呼吸器外科と心臓・血管外科(福田宏嗣教授)両科がそれぞれ開講し現在に至っております。現在でも両科は同門として週1回の教授回診や忘年会、同窓会を共同で行うなど臨床現場内外において仲良く協力しあって行動しています。

現教授千田は今まで三代の教授が築いてきたものをさらに発展させるべく東北大学時代の経験をもとに、肺移植、肺癌診療を中心に心血を注いでいます。特にライフワークである間質性肺炎合併肺癌の治療成績向上や局所進行肺癌に対する根治切除の追求などはパイオニアとして全国的にもひろく認知されております。また肺移植は千田が赴任後に前任三好教授と最初の1例を行い、平成27年3月末日現在までに脳死肺移植4例、生体肺移植3例を実施し全国的にもひけをとらない良好な成績を得ております。当教室の理念は以下のとおりです。

当教室の理念

  1. 最高の医療の習得
  2. 最良の医療の提供
  3. 緊急に対する迅速な対応
  4. チームワークで安全な医療
  5. 地域医療への貢献
  6. 呼吸器外科の発展に貢献
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