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福島県相馬市での「こころのケア活動班」活動報告

 

東日本大震災 獨協医科大学こころのケア活動班
活動報告

 

  当院では、3月30日(水)より福島県浜通り地区の相馬市に交代で精神神経科の医師を派遣し、被災地の方々へのこころのケアに当たっています。

 活動班の第一陣として被災地入りした萩野谷医師からの現地報告です。

 

報告者:精神神経医学講座  萩野谷真人
活動期間:平成23年3月30日~4月1日

 

【活動地の概況】
 活動を行った相馬市は福島県浜通りの北部を占める相双地区の中心となる位置を占める。相双保健福祉事務所の管轄地域は相馬市、南相馬市、広野町、楢葉町、富岡町、新地町、大熊町、双葉町、浪江町、葛尾村、飯舘村、川内村の2市7町3村をもって構成されており、東西約30km、南北80kmと細長い地理的形状。管内人口は約19万人。今回、活動した相馬市の人口は平成22年10月1日時点では37.796人である。

 


 

  元来、相馬市には精神科を標榜する医療機関が存在せず、相双保健福祉事務所管内の精神科医療はほぼ南相馬市以南の精神科医療施設によってまかなわれていた。震災前には管内に単科精神科病院が4か所、精神科診療所が3か所あったが、その全てが福島第一原発から20km圏内の退避区域または30km圏内の屋内退避(自主避難)勧告の出されている地域にあり、震災後から上記活動期間までの時点では精神科医療はほぼ完全にストップした状態であった。また原発問題の影響もあってか、同地域には心のケア・精神科医療を行うチームは当チーム以外には派遣されていない状況にあった。
 相双地区外へ精神科医療を求めようにも、北に接する宮城県南部沿岸部も震災・津波被害に会っており、南北に走るJR常磐線は全く復旧の見通しが立たない状況。南は福島原発。西の福島市までも阿武隈高地の山道を越える必要があるため地理的に厳しいといえる。つまり相双地区に居住する外来通院中の精神科患者は、震災後からほとんど精神科医療を受けられない状況にあった。そこで福島県立医大神経精神医学講座の丹羽教授からの要請を受け、相馬市中心部にある公立相馬総合病院にて臨時の精神科外来を開設するに至った。また津波被害に遭った沿岸地区の住民や福島第一原発から30km圏内の住民が身を寄せている相馬市内の避難所における心のケアを行うこととなったのである。

 

【活動内容】


▽ 3月30日
 公立相馬総合病院にて大阪府立大学総合リハビリテーション学部の西川医師、相双保健福祉事務所の保健師、病院事務を交えたカンファレンスを行い、情報と活動スケジュールの確認を行った。
 午後は病院での外来診療を開始。臨時開設した外来を受診する患者のほとんどは震災以前から精神科通院歴があった。元々、公立相馬総合病院は精神科を標榜していないので、当然過去の診療録はない。しかし自立支援医療制度(通院補助の制度)を利用している患者については、福島県健康保健センターから申請時の診断書がファックスされており、大まかな病歴把握は可能であった。またほとんどの患者が自らの薬剤情報提供書を持参しており、処方内容の確認もできた。通常は病院近くの調剤薬局には向精神薬はあまり配備されていないが、この臨時外来のために多種大量の向精神薬が準備されており、処方薬の選択にも支障はなかった。患者の内訳としては慢性期統合失調症やうつ病、神経症、精神遅滞の患者などであり、震災後に大きく病状が悪化した者はいなかった。ただ自宅が津波で全壊したり、避難地域内であるため震災後に自宅へ戻れず処方薬が切れてしまっている方もいた。

 

▽ 3月31日
 午前は病院近くの避難所へ赴き『こころのケア』活動を行った。館内放送と保健師による周知がされた。当日は地元の小中学校の卒業式が避難所内で行われており、雑然とした中にも活気があるように見えた。相談に現れた方の最も多い訴えは不眠であった。個人の間仕切りはなく1つのホールに百名以上が雑魚寝をする状況で、一律午後9時30分に消灯とのこと。不眠を主訴に相談に訪れたある男性は、気丈に強がるように話していたが、しばらくすると実は妻と娘を津波で亡くしたと語った。自家用車2台を守ろうと分乗して避難を図り、自分の車は無事であったが、妻と娘の乗った車は津波にさらわれたという。ある女性は津波の渦に飲み込まれて、上肢を骨折するも流されずに助かったが、その後も津波に飲み込まれる情景が繰り返し脳裏によぎったり、風呂の湯の渦を見ただけで恐怖の再体験が起こるという方もいた。ただこの被災者の様なケースはそれ程多くはないのかもしれない。この様な極限の外傷体験を負って、生存できたケースは稀であると考察される。

 薬物療法が必要な避難所内の方には、その場での診療の上、無料で当座の薬剤をお渡しした。処方薬剤は睡眠導入剤や抗不安薬がほとんどであった。この無料配布の薬剤は福島県立医大などから提供されたものであり、今回の様な避難所での活動の際は非常に便利かつ有用であったと考えている。ガソリンの入手が困難な状況かつ車を失った被災者も多い中で、避難所での相談の後に病院へ来院することを求めることは現実問題として難しく、治療への大きな支障となりかねない。
 午後は病院での外来診療に当たった。院内から自殺未遂をされた患者についてコンサルタントが1件あった。自宅にて詳細不明の薬剤を服用し、家人に発見されて搬送された高齢の男性患者で焦燥が非常に強く、再度の自殺企図にも注意が必要な方であった。身体加療を行いつつ、精神科チームとしても薬物治療を開始した。通常の精神科救急のシステムが十分に機能できない状況であり、転送するか否か判断が難しい場面でもあった。

 

▽ 4月1日
 午前は避難所での活動。不眠の訴えとともに多かったのが、避難所内での対人関係の軋轢に起因するイライラ、不満であった。誰もがぶつけようのない怒りや不安を抱えての共同生活であるため、この様な訴えが増えるのも容易に理解できる。この様な被災者には否定も肯定もしない立場でじっくりと傾聴し、共感の姿勢を示すことで、「話したことでスッキリしました」と述べて帰っていく方も多かった。周囲の皆が被災者であり素直に辛さを吐露できる場所のない避難所では、特に心のケアが早急に提供される必要がある。
 午後は病院内での外来診療を行い、獨協医科大学『こころのケア活動班』の第一陣としての任務を終了した。なおこの後も当院精神神経科から交代で医師が派遣され、活動が継続される予定である。


▼追記:相馬市の津波被害について
 特に被害が甚大であったのは沿岸の尾浜地区、原釜地区である。沿岸部には民家が密集しており、古くからの松川浦や近海での漁業・養殖が盛んで、のどかな地域であった。海水浴場もあり夏季には観光客も多く訪れ、民宿や旅館も点在していた。
 4月2日現在、福島県が発表している相馬市の死者は325名、不明者数はまだ把握できていない。隣接する南相馬市では死者333名、不明者1141名となっている。

 

 

平成23年4月2日    
精神神経医学講座 萩野谷真人