研究科長挨拶

研究科長 杉本 博之

映画バックトゥザフューチャーでは名車デロリアンをタイムマシーンに改造したドクは近所の変わり者研究者です。映画エイリアン4は前作で溶鉱炉に飛び込みエイリアンと消滅したヒロイン・リプリーが残した髪の毛からリプリーのクローン人間を作るところから始まります。この時も研究者が出演しますが雰囲気はドクに似ています。アメリカ人が抱く研究者はドクの様な人物なのでしょうか。映画に出てくる研究者は全て自らで偉業を成し遂げたように描かれています。しかし、現実の研究者は自分の能力だけでタイムマシーンを作ったり、クローン人間を作ったりすることは出来ません。先駆者たちが長い年月をかけて積み重ね築いてきた手法(有形財産)や考え方(無形財産)を身につけ、それらを自分の中で消化し、そして目の前の解決したい現象に応用することで新たな発展を見いだしてきました。獨協医大の講座の先生方にはそれぞれの先生に特有の有形財産や無形財産がありますから、是非それらを学び取り研究マインドを涵養するため大学院に入学して欲しいと思います。これらは目に見えませんが、これから何十年も行う臨床業務にも役立つことと思います。
30年ほど前私が生化学を学び始める際に恩師から、「目的とするタンパク質」の①「精製標品(単一標品)を得るか」、②「特異的な抗体を得るか」、③「遺伝子を得るか」が生化学研究の三大原則だと教わりました。私が研究を始めた頃には遺伝子ゲノム上にはまだ未同定のタンパク質がありました。その後、研究機器の目覚ましい進化により科学が進み、我々に発現する全てのタンパク質の一次構造(③)が先にわかりました。今はそれらタンパク質の真の機能、役割、相互作用や発現制御の詳細を見出す研究が中心になりました。私の専門は脂質代謝酵素の解明ですが、1つの酵素反応にこれほどたくさんの似ているが微妙に異なるアイソフォームが存在するとは考えていませんでした。
種々の遺伝子がどのような制御を受けて相互作用しながら個体が発生し出来てくるのかなど魅力的な研究テーマだと思います。今となっては私が勉強しても手に追えない研究テーマです。20年前に戻れるのなら、このような事象の詳細を研究している研究室への留学もよかったと思います。その当時の手法を用いてどのように解決しようと試みているのか、そのような環境に身を置き体験することが無形財産となり、年齢を重ねても先端の研究についていけるのではないかと思います。大学院を修了し学位取得後は、ぜひ皆さんの興味ある研究室を捜して留学し、無形財産や有形財産を受け取り、その後の自身の研究や診療の発展の基盤を作り上げてもらいたいと思います。研究業績よりも研究内容重視が良いと思います。
また、恩師から研究者は理想的な環境で研究できることはまずないので「与えられた環境でベストを尽くすこと」と教わりました。当時の研究目的はできるだけ多くの新たなタンパク質の一次構造を明らかにすることでしたので、研究テーマが横に広がり、一つ一つの遺伝子の役割の詳細の解明がおろそかになる傾向がありました。最近では目的遺伝子の欠損細胞や欠損マウス(knock-out mouse)が比較的簡便に作れるようになり、これらの手法を用いた研究も盛んです。ここにも研究技術の目覚ましい発展が見られます。

写真は 2013年に獨協医大の生化学講座に私が留学(1999年)したカナダ・アルバータ大学生化学教授 Dennis Vance 先生ご夫妻が来学した際の教室員の集合 写真です(左端杉本)。奥様の Jean Vance 先生もアルバータ大学医学部・教授です。カナダ・アルバータ州はオイルサンドから石油が取れ裕福になり、それを機に脂質の研究に力を入れ、私の専門にもなりました。数年前に北米の脂質生化学学会会場のホテルのエレベーター内で黒人男性従業員と2人になった時、車のオイル(オイルが指についた動作をしながら)と生体のリピッドとどう違うのか聞かれた事は印象的でした。ここに教育と研究の接点があるのだろうと思います。

令和5年4月